英文解釈ではなく一つの作品を作る

中学のころから英語が好きになり、英語で物語を読んだり、アメリカ人の同じ年ごろの女性と文通もした。大学に入るころまでは鳥飼久美子さんに憬れ、通訳になりたいと思っていたが、引っ込み思案な自分の性格や、英語の単語が思いつかなくて言いたいことが言えない自分に失望し、通訳はあきらめたし、大学を卒業して就職を決める頃には英語を使った職業に就くことは考えなくなっていた。それほど自分の英語の実用的な力を使ったり伸ばしたりすることをあきらめていた。それから結婚するまで数年は文通以外は英語とほとんど接しない生活をしていた。結婚して嫁姑問題や子育て、旦那が忙しくて私にかまっていられない生活などのストレスを発散するために思い出したのが英語。しゃべることはほとんどあきらめていたから、自分としては得意だと思っていた英文解釈の延長として翻訳を勉強することに決めた。もちろん、通信教育。あの頃はまだバブル崩壊前で、預金金利率も高く、ちょっと多めに預金すれば利息がたくさんもらえて、それで通信教育の費用がまかなえた。勉強を始めると、英文解釈とは違うということに気がつき、文章力、もっと言えば、文学作品を書けるくらいの能力も必要だということが分かってきた。それでも職業にするという夢に向かって日々精進したし、勉強は楽しかった。何とか工夫して自然な日本語にしようと夢中になった。お金が続かなくなっても、パソコン通信を通して、安く添削が受けられたり、アドバイスを受けられる仲間に入れてもらって結構長い間一生懸命勉強した。結局、自分の力の無さに対するあきらめや家庭内のトラブル、家庭の経済の窮迫などで勉強はやめてしまったが、翻訳はいまだに私を引きつけてやまない。永遠の憧れの職業なのだ。

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